下流志向の危険性と、上流志向の意義

記事公開日:2016.07.09

最終更新日:2017.09.06

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最近読んだ本に、内田樹さんの「下流志向 <学ばない子供たち 働かない若者たち」という本があります。ちょうど、SNSで偶然にこの本について起業家の方がコメントしていることを目にして、この本を読んで漠然と考えたことが固まりました。

Bigmacでの働きかた、これからの日本での働きかたについて考えたことにも繋がると思い、記事にすることにします。マーケティング論というよりは、Bigmac経営陣の一人(野村)の価値観・仕事観に触れるエントリーとなります。

 

「平均でOK」「赤点じゃなきゃOK」という下流志向

この本は、学ばない子供たちについて書いた章と働かない若者たちについて書いた章があります。著者の内田樹さんが、これら子供たちや若者たちの問題について考えたことが書いてある本で、学術書でもなければ解決策が書いてあるわけでもありません。

総じて、タイトルどおり「下流志向」についての考察が書かれている本です。「子供たち・若者たちの下流志向が進んでいる」という内容。下流志向について簡単に言うと、つまり「テストで平均点が取れたらOK。」という考えかたのことです。さらに言うと、「赤点じゃなかったらOK。」という考えかたのことでもあります。

右肩下がりの時代に、下流志向は危険

私は、この志向、思考は危ないと思うのです。なぜかと言うと、「人は、流されてしまう生き物」だと思うからです。

人には誰だって、怠惰な心があります。できれば楽したい、余分な力は使いたくないと思うものです。平均でいいや、ここ下回らなきゃいいや、と考えてしまうと、潜在意識に刷り込まれてしまうと思うのです。

その結果、心理的に壁ができる。無意識にそれを狙いに行ってしまう。20年前まで、1990年代ならそれでも良かったと思います。「下限値も、平均値も右肩上がりで上がっていた時代」でしたから。
私も含め、凡人や大衆には基本的に下流志向が少なからずあったと思いますが、日本全体が右肩上がりだったから大丈夫だったのだと。一方、2000年代に入ってからの日本はどうでしょう。「下限値も、平均値も右肩下がりで下がっていく時代」ですよね。

人口問題とか高齢者問題とか不景気とか色々あって、経済ニュースを見るまでもなく、そんな現実がここにはあります。私が言いたいのは、「下限値も平均値も下がっていく中の、下流志向はヤバい。」ということです。例を挙げると、選挙などでも「国が国民のために頑張らないといけない!」という論説を目にします。

言いたいことは分からなくはないのですが、これはつまり、下限と平均を下げる考えかただと個人的には思います。最低賃金や、生活保障など。これらはつまり、最低限を定義しています。冒頭に挙げた例を繰り返すと、「赤点ギリギリを定義して明確化している」と言える。

実際、事実としてサラリーマンの実質賃金は下がり、女性や子供の貧困率は上がっています。でも、だからと言って「明日は我が身ですから、国からいかにお金を取っていくかを考えていきましょう。」というと、ますますこの下流志向を加速させて、赤点ギリギリから抜け出せない弱者を生む。

そうしたらまた下限値、平均値を下げる…。という悪いスパイラルを生む未来が見えます。

仕事人としての上流志向を持つ意義

ちょっと政治の話に見えるかもしれませんが、国→会社に置き換えると、とたんに経営の話になります。

「赤点ギリギリでいいや。会社からいかに守ってもらうか?給料・休み・その他なんでも。もてる権利を最大限に生かそうっと。」経営者観点から見ると、赤点ギリギリでOKと思っていて、それでいて権利ばかりを主張されるとしたら、重用したくないと思うのは自然だと思います。今はまだ、ほとんどの人はまだ下流志向じゃなくて上流志向に向いたほうがいい。というのが、私の価値観です。「どうすれば、もっと高い点数が取れるか?」という志向・思考を持つこと。

方法は、たくさんあると思うのです。未来の希望の可能性を自分から増やせる人。もしくは、増やそうともがける人。そういう人とBigmacで仕事がしたい。とそう思う次第です。

※上流志向あり!未来の希望の可能性を増やしたい!という人を募集してます。

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